33歳の抱負

投稿日: カテゴリー: 中山のブログ
AさんがBさんを支えることで、AさんもBさんも育つ社会を創りたい。というか、そもそも社会ってそうやって出来てるはず。
 
でも、それが社会の本来の姿だったとしても、
やっぱりイレギュラーというか、取りこぼされる人がいるのも事実だと感じている。
 
自分でもなんで上手くいかないのかわからず、
でも誰にどうやってSOSを出せばいいのかも分からない。
 
本当は分からなくても、それで大丈夫だよって言ってもらえたら、その人はちゃんと大丈夫になるんだろうけれど、その一言を本当に必要な時に言ってもらえなくて、辛い気持ちになってしまうことがある。
 
辛いなんてもんじゃなかった。
16歳の時の自分にとっては。
24歳の時の自分にとっては。
 
中学の終わりに両親が離婚して、
毎晩夜遅くに目が覚めて、父の怒鳴り声と母の泣き声を聴く日々がようやく終わると思ったら、自分にとってはそこからが地獄だった。
 
今年で33歳。
気づけば両親と共に過ごした年数より、両親が別れてからの年数が上回った。
 
僕は親が離婚して不幸になったわけではない。
でも、離婚がきっかけで自分の中に芽生えた、
「自分とは誰で、これから何を為すべきなのか」
という問いに全く答えられなかったのが苦しかった。
 
いや、正確には、この問いを考えられなかったのが苦しかった。
問いの答えは、自分で出すしかない。
でも、問いを考える場所を、自分で創り出すのは本当に大変だった。
ずっとその場所を探し続けて、25歳の時に、父親のそばにようやくその場所見つけられた。
そこではじめて、問いを考え始められた。
 
今もその問いを説き続けているけれど、
33歳になって、ようやく自分が「為すべきこと」と「為せること」が重なり始めたように思う。
 
そのうちの一つが、「居場所づくり」。
“その人がその人であることが素晴らしい”ということをスタート地点に、人が人と関わり合える場所。
自分がずっと欲しかった場所。無くて本当に辛かった場所だからこそ、この場所が誰にとっても当たり前にある社会にしたいと思っている。
 
ご縁あって、子どもたちや外国人の方が、毎週教室に通ってくださっていることで、少しずつではあるけれども、日々その目標に向かって前進できている実感がある。
 
その次に、去年ずっと取り組んできたのが「人づくり」。
“為すべき時に為すべきことを為す”ためには、一瞬だけではなく、その人が日常的にその予備動作を行っていなければならないというのが僕の思いなので、子どもたちや外国人の方に対して、「ココ」という時に”その人らしく、いかに行動できるか”にフォーカスして、活動に関わってくれているスタッフのマインド構築に尽力してきた。それもようやく自分の中で方向性が定まりつつある。
 
そして今年為したいこと。それが「その人らしさの素地づくり」。
その人らしさとは、決して生まれもって定義されるものではなく、”生まれてから今日この日までをいかに生きてきたか”だ。先に述べた居場所や人づくりは、週1回でもできることだけれど、この素地は、日常的に関わらなければ不可能だと考えている。でも、この日常を変えることができれば、‟その人らしさ”は確実に色濃くなるし、そこが色濃くなれば”その人がその人であること”がより分かりやすくなり、もっと人と人とがポジティブに関わり合える社会になるのではと考えている。
 
だから、毎日感情を揺さぶられるような体験を積み上げられるような場づくりがしたい。
 
そのためには、僕がまず思いっきり毎日を楽しむことが必要。
そして、周りの人にも目一杯毎日を楽しんで、どんどん僕のことも巻き込んでほしいと思っている。
 
これからの1年を驚きと発見で埋め尽くします。
どうぞよろしくお願いします。